年明けから楽しみにしていたヴァロットン展へGO!

ヴァロットン展

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年明けから楽しみにしていたヴァロットン展へGO!

初めての出会いも三菱一号館美術館

ヴァロットン展

今年の年明けから楽しみにしていた「ヴァロットン 白と黒」展に行ってきました!

東京の三菱一号館美術館で1月29日まで開催中の展覧会です。

今年の1月、絶対行きたい企画展の中に入れていました。

三菱一号館美術館の企画展はいつも私の興味のあるものが多いので、とても大好きな美術館の一つ。

ロートレック展ではこちらのバッグを購入して今も楽しんでいます。

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今回のヴァロットンと出会ったのも、ここ三菱一号館美術館でした。

2020年に開催された「画家が見た子供展」で、です。

ヴァロットンの絵のTシャツや、

この蕎麦ちょこも持っているほど大好きになりました。

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画家が見た子供展のインスタはこちら:https://www.instagram.com/p/B82Nb5lF3xv/?utm_source=ig_web_copy_link

今回、三菱一号館美術館のコレクションの中から180点の作品が一挙初公開されています。

これだけのコレクションを一挙に公開するのは、おそらくこれでしばらく見納めとのことです。

というのも、この美術館、来年の4月から翌年の秋頃まで大修繕工事に入ります。

その後再開したとしても、今回ほどのまとまったコレクションの展示は予定されていないとのこと。

まさに必見の展覧会、ぜひお見逃しなく!

ヴァロットンとは?

ヴァロットン展

フェリックス・ヴァロットン(1865-1925)は、19世紀末のパリで活躍したナビ派の画家です。

ナビ派とは、19世紀の末にパリで結成された、半自然主義の画家のグループです。

ゴーギャンの教えに影響を受けたポール・セリュジェが、その革新的な教えをパリのアカデミー・ジュリアンの若い画家たちに伝えたことに端を発しています。

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セリュジエの他に、ドニ、ボナール、ビュイヤールなどがメンバーとなり、その後マイヨール、ヴァロットンなどが加わりました。

ナビ派の運動は世紀末の約10年ほど続きましたが、その後、各作家たちはそれぞれの道を歩み運動は自然消滅します。

そんな中、ヴァロットンは黒一色の革新的な木版画で名声を得ます。

真骨頂とも言われるヴァロットンの木版画が約180点も一堂に会すのが今回の展覧会です。

ヴァロットン展はこちら:https://mimt.jp/vallotton2/

撮影がOKだった展示室の作品と共にご紹介します。

外国人のナビ

ヴァロットン展

ヴァロットンは1865年スイスのローザンヌに生まれました。

元薬屋でチョコレート製造業を営む父を持つ、プロテスタントの中流階級に育ちます。

1878年から80年頃、絵画の制作を開始、1881年には最初のドライポイントの作品を制作しています。

1882年16歳でパリのアカデミー・ジュリアンに入学。

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1885年にパリのサロンに出展し、二十歳の自画像が初入選を果たしました。

当時はまだドライポイントやエッチングによる身近な人の肖像や過去の巨匠の模写が中心でした。

ところが1890年、父親の財政破綻で仕送りが絶たれてしまいます。

ヴァロットンの言葉

生き延びられたのは「しみったれなモード雑誌のための挿絵、ルーヴルでの模写、20スーでの絵のレッスン、粗末な食べ物と引き換えの肖像画のおかげ」

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画業の初期から人物の風刺的描写の才能があったようです。

「過去、現在あるいは未来の不滅の人々 ⅠⅡ」では、16点のリトグラフでフランスの政治、ジャーナリズム、文学、芸術に携わる人物を皮肉たっぷりに描写しています。

木版画復興の立役者へ

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木版画は14世紀末頃から制作が始まったヨーロッパで最も古い版画の技法です。

初期は教会が販売する安価な聖像制作に活用されていました。

15世紀末にはデューラーが絵画に匹敵する芸術的表現を与え脚光を浴びます。

が、17世紀を待たず衰退の道をたどり、民衆芸術として残るのみとなってしまいます。

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18世紀木口木版が挿絵の技術として発達しますが、それも19世紀の印刷技術の進歩で役割を失ってしまいます。

それが1880年代末に芸術表現として見直されることとなりました。

ヴァロットンと木版画の出会いは1891年。

友人で師でもある画家シャルル・モランと、版画家フェリックス・ヤシンスキ(ポーランド出身の版画家で名画の複製版画で知られる。1901年に自殺)から木版画を習いました。

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1889年にはカフェ・ヴォルピーにてのゴーガンとベルナールの版画展示を見て、

また1890年のパリ国立美術学校での日本の版画展に影響受けています。

1892年には、「芸術と思想」でオクターヴ・ユザンヌがヴァロットンを木版画の変革者として称賛し、10点の作品を掲載しました。

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これが画家として名声を得る上で重要な役割を果たすことになります。

薔薇十字会展への参加したことで、もはや無名ではないヴァロットンの木版画はヨーロッパ中で話題となりました。

時代的にも、複製のための版画ではなく芸術家による創作版画エスタンプ・オリジナルの機運高まっている時でした。

こうしてヴァロットンは木版画復興の立役者の一人となったのです。

あの「にんじん」の挿絵がヴァロットンだったとは!

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1893年パリの若い前衛芸術家グループ「ナビ派」に遅れて参加。

ナビ派の画家が多く参加した版画集「レスタンプ・オリジナル」に作品を発表します。

「レスタンプ・オリジナル」は1893-1895年に発行されたアンドレ・マルティ刊行の版画集です。

創刊号と最終号の表紙を手掛けたのはロートレックで、彼はその中心的存在でした。

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また、ヴェイヤールの誘いでタデ・ナタンソン主催の文芸雑誌「ラ・ルヴュ・ブランシュ」のサークルに出入りします。

そして挿絵画家としてジュール・ルナール「愛人」(1896)、「博物誌」(1902)、そして岸田国士の訳で日本でも1933に刊行された「にんじん」の挿絵を担当しました。

あの「にんじん」の挿絵がヴァロットンだったとは!

遠い昔にすでに出会っていたのですね。

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こうしてヴァロットンはパリの芸術文化の前衛エリートと交流していきます。

この時代の作品ナビ派との共通制は、アール・ヌーヴォーの美学に近似した曲線による装飾性が特徴です。

一方、ボナール(日本かぶれのナビ アンティミスト(親密派)の代表画家)、ヴュイヤール(ナビ派の中でもヴァロットンと親しい)、ルーセル(ルセ・コンドルセでヴェイヤールと同窓)、ドニ(敬虔なカトリック信者 「美しい聖画像のナビ」)らが多色刷リトグラフで制作するのに対し、ヴァロットンは黒一色にこだわりを持っていました。

特に注目!30部限定で刷られた連作〈アンティミテ〉

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「アンティミテ」は1897-98に男女の親密な関係テーマに制作された、下のタイトルの10点の木版画からなる版画集です。

限定30部のみしか作られておらず、右下にサイン、左下に刷り数シリアルナンバー(4)が入っています。

「嘘」「勝利」「きれいなピン」「もっともな理由」「最適な手段」「5時」「訪問の支度」「お金」「他人の健康」「取り返しのつかないもの」

ヴァロットン展

限定部数で刷られる版画は、その希少性を保つため、それ以上刷りができないように版を破棄してしまうことが多くあるそうです。

この「アンティミテ」は、10点の木版画の版木を物理的に切断した上でそれらの断片を組み合わせ、刷りを行なっています。

10点の作品が1枚になったレアな版画です。

これを版木を破棄したことを証明する証明書として版画集に付けて販売したのだそうです。

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この版木破棄証明の刷りも揃っているのは日本国内ではここ、三菱一号館美術館だけなのだそう。

この希少性も魅力ですが、この10点の作品の謎めいた色っぽさとストーリーもとても魅力的です。

まとめ

ヴァロットン展

三菱一号館美術館で開催中の「ヴァロットン 黒と白」展に行ってきました。

美術館が誇るコレクションの中から、180点もの作品が展示されています。

これだけの規模で展示されるのは今後しばらくないそうです。

「アンティミテ」の10作品はその希少性もさることながら、作品そのものの持つ謎めいたストーリー性と登場人物の色っぽさが魅力的な作品、必見です。

 

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