「はじまりから、いま。」アーティゾン美術館の珠玉のコレクション!
京橋のアーティゾン美術館に行ってきました!
股関節手術の定期検診で上京した最終日、
東京駅から新潟に戻る新幹線に乗る前に京橋のアーティゾン美術館に行ってきました。
その日は朝から新宿の文化学園服飾博物館へ。
その様子はこちら:モードへのときめき!いつの時代も変わらない!
そこから広尾の山種美術館へ。
その様子はこちら:この気品!上村松園の美人画の世界!
アート三昧な上京を締めくくるのがアーティゾン美術館です。
昨年5月末日定年退職の日に、コンピューターとIDカードを返却に京橋のオフィスに行って以来の京橋です。
すでに懐かしい。
はじまりから、いま。1952―2022 アーティゾン美術館の軌跡―古代美術、印象派、そして現代へ
アーティゾン美術館は、2020年に新たにオープンしました。
ちょうど私も神戸から東京オフィスに転勤になり、京橋に通い始めてすぐの頃でした。
まあ、この後すぐにコロナの大流行でオフィスに行くことも無くなってしまったのですが、
オープンしたてのアーティゾン美術館には昼休みに予約して行きました。
前身となるブリヂストン美術館の創設者は石橋正二郎氏。
実業家として成功を収める一方、美術館設立を目的とし日本近代洋画や西洋近代美術を中心とするコレクションを築きます。
美術館開館後も積極的に欧米各地の美術館・博物館を視察し、古代美術へも関心を拡げています。
正二郎の長男幹一郎はアンフォルメルなどの戦後の抽象美術に興味を持っていたそうです。
なかでも愛着と共感をもって収集したザオ・ウーキーの作品群は、従来のコレクションに大きな発展をもたらしました。
同時に、すでに所有していた日本・東洋古美術の公開にも尽力。
今回の展示では、1952年のブリヂストン美術館開館から70年の歴史を持つアーティゾン美術館の軌跡を、約170点の作品と資料とでたどっています。
70年の歴史を物語る、これまで開催した展覧会のポスターも展示されています。
開館以来続く土曜講座の記録や、美術映画シリーズ、 正二郎の欧米外遊記録なども必見の展示です。
展示はSection1から3に分かれています。
基本館内写真撮影が可能なのも素晴らしいです。
やはり画像で残るとその作品にもった印象をいつまでも持ち続けることができるので嬉しい限りです。
アーティゾン美術館はこちら:アーティゾン美術館
Section1 アーティゾン美術館の誕生
2020年1月、アーティゾン美術館は5年間の休館と館名変更を経て、新しくオープンしました。
Section1では、アーティゾン美術館の最近の収集活動を中心に紹介しています。
今回のフライヤーにも使われている2作品はどちらも藤島武二のもの。
藤島武二は石橋財団コレクションの重要作家の1人だそうです。
こちらの「東洋振り」という作品は、構図はイタリア・ルネサンス期の肖像画を思わせながら、モデルの女性は中国服をまとい、団扇を持ち、背景には漢詩が記されているという、西洋と東洋の統合を図った作品として高く評価されているそうです。
石橋財団は、このような日本近代絵画や西洋近代絵画の従来の中心的なコレクションに加え、20世紀初頭から現代までの抽象表現の展開などへもコレクションの幅を広げているそうです。
印象的だったのはこれまで開催した展覧会のポスターの数々。
みた記憶のある展覧会もありました。
そしてブリヂストン美術館開館当初から続くという土曜講座の記録です。
なんとその数2,300回を超えるとか!
武者小路実篤や岡本太郎も講演してきたそうです。
このセクションで一番好きだった作品はこちら。
エヴァ・ゴンザレスの「眠り」という作品です。
こちらはヴァシリー・カンディンスキーの「3本の菩提樹」
ウィレム・デ・クーニング「リーグ」
現代アートに囲まれるこの空間もたまりません。
館内の通路がとても明るいのも素敵な美術館です。
Section2 新地平への旅
石橋財団の3代理事長である石橋幹一郎(1920-1997)は、戦後フランスを中心とする抽象絵画の作品群を熱心に収集したそうです。
これらのコレクションは遺族によって石橋財団に寄贈され、現在のコレクションにつながる重要な役目を果たしているとか。
こちらは中国出身の画家ザオ・ウーキーの作品。
ザオ・ウーキーは独自の画風で戦後のパリの画壇で確固たる地位を築きました。
幹一郎はザオの作品を
「抽象でありながら具象の迫力をもち、西洋と東洋との混在した独自の清新な画風」
と評して、作家と交流する中で深い信頼関係を築いたそうです。
こちらはジャン・デュブッフェの「暴動」
展示室で一際目を引く赤い作品。
ジョルジュ・マチューの「10番街」という作品です。
また素晴らしい活動だと思ったのは、ブリヂストン美術館開館の翌年の1953年に幹一郎が立ち上げたという映画委員会。
芸術家のアトリエや日常風景を取材して記録映画を制作したそうです。
前田青邨や坂本繁次郎など計60人の芸術家を取材し、1964年までに17本の映画を完成したと言います。
それにしても鳥獣戯画からルノアールまで、その幅広いコレクションと一流作品の数の多さに圧倒されてしまいます。
本物を見た感で気持ちが満たされる最高の場所でした。
Section3 ブリヂストン美術館のあゆみ
Section3では石橋財団とブリヂストン美術館の創設者であり、石橋韓一郎氏の父である石橋正二郎(1889-1976)氏を紹介しています。
日本近代洋画や西洋近代美術を中心として、現在の財団のコレクションの基礎を築きました。
正二郎氏が本格的に美術品収集を始めるきっかけになったのは、なんと小学校時代に図画の代用教員だった坂本繁二郎氏との再会だったとか。
故郷久留米出身の画家・青木繁の作品の散逸を惜しんだ坂本が、正二郎にそれらを集めて美術館を作ってほしいと語ったのだそう。
正二郎は10年余りかけて「海の幸」など青木繁作品を購入し、コレクションを形成したのだそうです。
この作品にそんなストーリーがあったのですね。
正二郎氏はヨーロッパ美術、特にフランス印象派をはじめとする西洋近代美術の収集にも精力的でした。
「1人だけで愛蔵するよりも、1人でも多くの人に見せて普及奨励し、文化の進歩に力を尽くしたい」と1952年1月にブリヂストン美術館を開設したそうです。
それにしても素晴らしいコレクションの数々。
パブロ・ピカソ「女の顔」
ポール・シニャック「コンカルノー港」
ピエール・ボナール「ヴェルノン付近の風景」
ケース・ヴァン・ドンゲン「シャンゼリゼ大通里」
ジョルジュ・ルオー「ピエロ」
エミール=アントワーヌ・ブールデル「ペネロープ」
黒田清輝「針仕事」
安井曽太郎「薔薇」
佐伯祐三「テラスの広告」
藤島武二「黒扇」
岸田劉生「麗子像」
欧米の美術館・博物館の視察旅行がすごい!
正二郎は1950年、1953年、1956年、1962年の計4回にわたって欧米の美術館、博物館を視察しています。
この旅行がすごい!
こんな旅行がしてみたい!と思わずにはいられない規模と期間です。
1950年の旅
1953年の旅
1956年の旅
1962年の旅
まとめ
アーティゾン美術館「始まりから、いま」展に行ってきました。
ブリヂストン美術館時代からのコレクションも素晴らしいの一言ですが、1952年の開館当時から開催している土曜講座や日本人画家作品の散逸を防ぐためのコレクション集めなど、その活動の素晴らしさにも改めて感動しました。