松山はいで湯と城と文学の街!桜満開の松山城へ!

松山城

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松山はいで湯と城と文学の街!桜満開の松山城へ!

日本100名城で現存12天守の松山城

よく歩いた1日を宇和島の天赦園で終え、道後ビールで乾杯しました。

その翌日、愛媛の旅の4日目は再び松山に戻りました。

この日は朝から松山城へ行こうと思うので、まずは宿泊先に荷物を預けました。

松山の大きな繁華街・大街道近くのホテルで、二日前に泊まったのと同じホテルです。

お城にもここからロープウェイ乗り場まで歩いて行くことが出来ます。

とても便利なホテルでした。

松山東急REIホテルはこちら:https://www.tokyuhotels.co.jp/matsuyama-r/index.html

松山城

松山城にはこのロープウェイ乗り場から上がっていきます。

ロープウェイも、リフトも同じ値段で、途中で道が別れてどちらに行くかが選べます。

松山城

私はリフトに乗ることにしました。

リフトで思い出すのは九州の霧島です。

リフトに乗っている時自体はさほど景色も良くないからか、飽きさせないように工夫がしてありました。

松山城

とはいえ、この日の松山、桜がほぼ満開!ラッキーです。

松山城

この旅行で晴れた桜は初めてかも知れません。

リフトを降りるとここからは徒歩で天守の入り口まで行くことになります。

松山城とは

松山城

松山城は標高132メートル。

勝山山頂に本丸、西の山麓に二の丸や三の丸を置いた連郭式の広大な平山城です。

創建者は、賤ヶ岳の七本槍の一人として有名な加藤嘉明。

慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いでの成功を認められ、20万石となった嘉明は、居城を正木城(愛媛県松前町)から道後平野の中央にある勝山に移し、この地を「松山」と命名しました。

こちらが嘉明のゆるキャラ、よしあきくん!

松山城

着工から25年の寛永年4(1627)、松山城完成目前にて嘉明は会津転封となってしまいます。

代わって入封したのは蒲生氏郷の孫・蒲生忠知でした。

この忠知は二之丸完成させますが、同 11年8月、 参勤交代途中の京都で病死してしまいます。

忠知には嗣子がなく断絶しました。

その翌年の寛永12年(1635)7月、伊勢桑名城主・松平定行が伊予松山15石に封じられます。

定行は寛永16年から3年をかけて改築し、三重の連立式天守を築りました。

天明4年(1784)9代定国の時に、天守が落雷で焼失します。

すぐに復興許可は下りものの、財政難により工事は難航します。

12代勝善の時の嘉永5年(1852)にようやく竣工して、安政元年(1854)に落成式が典盛大に行われたそうです。

現在の天守はこの時のもの。

松山城

幕末に造られにもかかわらず創建時の桃山文化様式が見事再現さています。

明治維新後は公園として整備、活用されました。

昭和入ってからは放火や戦災により櫓などが一部焼失しました。

昭和年(1966)からは全国に例見ない総木造による再建が進められ、現在は重要文化財21棟を含む51棟が建ち並び、往時の姿を取り戻してます。

石垣

松山城

山城の石垣は、ほとんどが初代城主の加藤嘉明によって築かれたものだそうです。

特に本丸の高さ17mを超える石垣は壮大です。

松山城

守りの目的を超えて芸術的でもあります。

石垣の加工は、ほとんどのものが石をある程度加工して積み上げる 「打込ハギ」です。

松山城

一部に石同士が密着するように加工する「切込ハギ」が用いられています。

本壇東側の石垣は、天守再建の際に一部を積み直してあります。

時代の古い打込ハギと新しい切込ハギが存在します。

松山城の本丸の特徴として「屏風折」の石垣があげられます。

ジグザグに折れ曲がった組み方の石垣で、折れ目を増やすことで強度が増すと同時に、敵を二方向から攻撃で きるそうです。

お城には桜が似合う!本丸大手へ

松山城

城の表側、本丸大手は敵の侵入に対して厳重な備えがされています。

本丸最大の門である筒井門には、奇襲用の隠門という罠が仕掛けられています。

松山城

その先に太鼓櫓、太鼓門、巽櫓などが一線に連なって、多くの狭間や石落を備えてあります。

太鼓櫓と太鼓門との間にある24.41mの渡塀には狭間21か所、石落2か所が設けられている。

戸無門は、大手入口に現存する高麗門。

松山城

当初から門扉がないので戸無門と呼ばれています。

敵を筒井門へ誘い込むため戦略的な意味合いで設置したとみられるそう。

筒井門は、正木城から移築されたとされる本丸最大の門です。

松山城

大手の固めを構成する重要な櫓門で、城内で最も重要かつ堅固な防衛線になっています。

隠門は筒井門の奥の石垣の陰に隠された櫓門です。

松山城

戸無門から筒井門に迫る敵の背後を急襲する構えとなっているそうです。

天守へ

松山城

天守は三重三階地下一階の層塔型天守です。

黒船来航の翌年に落成した江戸時代最後の完全なお城です。

松山城

現存12天守の中で、唯一築城主として瓦に葵の御紋がついているのだそうです。

天守の中は人数入換制で入るようになっていました。

松山城

天守内の階段は狭くて急。

すれ違うのも難しいくらいなので、降りる人を待ってから昇るスタイルでした。

松山城

また天守の中は博物館のようにお城の歴史が展示されています。

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それがどれもとてもわかりやすくて面白かったです。

まだ最上階ではありませんが、ここからの眺めも最高です。

松山城

さらに昇ると遠くに海が見えました。

松山城

そしてさらに昇ると最上階に到達します。

松山城

素晴らしい景色が広がっていました。

松山城

大手と本壇の間は広場になっていて、桜の木がたくさん並んでいます。

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天守を降りて一休み。

伊予柑のソフトクリームと

松山城

みかんジュースの蛇口があったのでお試し。

松山城

美味しくいただきました!

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リフトとは反対側の黒門口登場道から降りて、城山公園側に出ました。

松山城

愛媛県立美術館をのぞいてみようと思います。

まとめ

松山城

日本100名城で現存12天守の松山城は、広大で美しいお城でした。

さすが、いで湯と城と文学のまち・松山です。

まさに街のシンボルとして愛され、誇りとなっているのがよくわかりました。

桜の季節に来ることができて幸せです!

こちらが御城印とお城カードです。

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