岐阜城の展示が超わかりやすく秀逸!しかも360度・絶景パノラマ付き!
天守閣を目指し、ロープウェイで金華山を昇る!
今回の岐阜旅の2つ目の目的地は岐阜城です。
とはいえほとんど何の予備知識もなく来てしまったので、現地で学ぼうと思います。
現地までのアクセスも当日になってから調べたのですが、
なかなかドンピシャの情報に辿り着かず悪戦苦闘してしまいました。
戸惑いながらも、なんとかバスを探してロープウェイ乗り場までやってきました。
その話はこちら:岐阜城めざすも欲しい情報に辿り着けない!…で小一時間
ロープウェイを待つ間、ここ岐阜城を居城としていた斎藤道三について学びます。
岐阜城とは
岐阜城は、かつて稲葉山城と呼ばれていました。
金華山頂にはじめて砦を築いたのは、鎌倉幕府の執事二階堂山城守行政と伝えられているそうです。
岐阜城にはそれから12代までの城主がいたそうです。
3代目城主・斎藤道三
戦国時代には、斎藤道三の居城でした。
斎藤道三は僧侶から還俗して油売りとなった父を持ち、
道三自身も油売りから身を興して美濃の国主まで上り詰めました。
今まで道三一代での国盗り物語と思われてきましたが、近年の古文書の発見により、
その父・長井新左衛門尉(ながいしんざえもんのじょう)との2代での功績という説が有力視されているそうです。
美濃国の国主となった道三は大掛かりな街づくりに手をつけます。
道三が手がけた街づくりの功績が今でも街のあちこちでみられるそうです。
その街づくりへの想いは娘婿であり、のちに岐阜城主となった信長に受け継がれて行きました。
6代目城主・織田信長
特に岐阜城の名を天下に示したのは、織田信長です。
永禄十年(1567年)、織田信長がこの城を攻略し、この地方一帯を平定しました。
その際、地名も「井口」から「岐阜」に改称しています。
信長はここ岐阜城を天下統一の本拠地としました。
12代城主・織田秀信
しかし、慶長五年(1600年)8月、関ヶ原合戦の前哨戦で、信長の孫で12代岐阜城主の秀信が西軍に味方したため、東軍に攻め入られ、激戦の末落城しました。
翌慶長六年、岐阜城は廃城となり天守閣、櫓等は加納城に移されました。
現在の岐阜城
現在の城は、昭和31年7月、岐阜城再建期成同盟によって復興されたものです。
鉄筋コンクリート造り、3層4構造、棟高177m。
平成23年2月、金華山一帯が「岐阜城跡」として国の史跡に指定されました。
結構な登り階段!元気なうちに来てよかった!
さてロープウェイを降りると
まずはすぐのところにリス村があります。
せっかくなので、後で時間があったら寄ってみたいと思います。
さらに進むと階段が続いていて、
途中で岐阜城方面と展望台方面とに分かれたので岐阜城方面に進みました。
遺跡解説や
年表などの情報展示がされていて、
さらに進むとまた長い階段が現れます。
元気なうちに来ておいてよかった!と思いました。
しばらく昇ると二の門に出ます。
そこからさらに登っていくと頂上に着いたのでしょうか、天守閣への道がありました。
左に降りて行くと井戸の跡があります。
ようやく全貌が見えてきました。
道沿いのベンチは近所の方なのか、登山者なのか、
登山の格好をした方々がたくさんの方が休憩していました。
やはりここは登山道になっているようです。
とてもいい眺めです。
天守閣の石垣を眺めながら進むと
こんな大きな石もありました。
こんな山頂にどうやって運んできたのでしょうか。
中に入ってみたいと思います。
「岐阜」の名前の由来に納得!
天守閣の中は展示室になっています。
まずは「岐阜と信長公 その治世」から始まり、
岐阜の命名の由来を知りました。
岐阜の「岐」は、中国の故事・「周の文王が岐山から起こり、天下を定める」に倣ったそうです。
そして岐阜の「阜」は孔子の生誕地「曲阜」から、太平と学問の地になるように願いを込めたのだそう。
岐阜の命名については、信長自身が命名した説や、
信長の命により僧侶が提案した説など諸説あるそうですが、
他の県の名前と比べて意味がわかりにくいと思っていた理由がここにありました。
いい意味の言葉を並べた造語だったのですね!納得です。
天守閣の中の展示が超わかりやすい!
そしてこの岐阜城天守閣内の展示がとても見やすくてわかりやすい!
下の階から階段を登りながら見て行くのですが、
岐阜の命名から始まった解説は、城の造営と城下町の形成、
信長の政策
楽市楽座や撰銭令(えりぜにれい)など信長の政治を、
鵜飼の復興や
食事を例に挙げて信長のおもてなしの心について解説してくれています。
そのどれもがとても簡潔でビジュアル的にも見やすくてとてもわかりやすい!
お城の中が歴史や城主の解説展示になっていることはよくありますが、
昔の言葉だったり、見ずらかったりするのが常。
でもここは新しいのか素晴らしいと思いました。
居城の変遷も時系列に、簡潔で秀逸!
信長の数々の居城についても、
時系列でコンパクトにまとめて図解で解説してくれてとてもわかりやすいです。
清洲城から始まり
小牧山城
小牧山城はこちら:http://komakiyama.com
岐阜城
そして安土桃山城へと進んでいきます。
この展示を見ているとどのお城にも行かなければ!と思わせてくれます。
そして信長像に
天下布武とはこういうことだったのですね!
めっちゃいいこと言っています。
今まで抱いていた信長のイメージがここに来てすっかり変わりました。
信長を世界に紹介した宣教師、ルイス・フロイスのこともわかりやすく説明してくれています。
そして最上階!絶景パノラマビューが待っている!
岐阜城の場内展示に感動した後、
この階段を登るとまさに絶景・パノラマビューが待っていました。
天井は道三の娘で信長に嫁いだ濃姫の、岐阜城住居の部屋の天井が再現されていました。
そしてその先にはこの景色。
まさに360度見渡せます。
ここに立ち信長は何を思ったのでしょうか。
いや、ここに立てば360度全部を自分のものにしたいと誰でも思うのでは、と信長の野望を妄想しました。
北アルプスや中央アルプスも見えています。
下の長良川には鵜飼の船も見えました。
まさに絶景!岐阜城、素晴らしいです。
まとめ
ロープウェイで金華山の頂上の岐阜城を目指します。
頂上駅から天守閣までは結構な階段を進んでいきます。
元気なうちに来ることができて良かったと心底思いました。
そして訪れた天守閣。場内展示のクオリティが素晴らしい!
簡潔に見やすくわかりやすい秀逸な展示です。
そして最後に眺める360度のパノラマビューの素晴らしさ。
信長の野望を妄想しその絶景を存分に楽しみました。